【毎日が巡礼-今日を生きる】
 日々の出来事や思いを綴った文章です。掲載は不定期ですが、写真とともにお楽しみください。

妻も後期高齢者に・・・2017年2月11日

後期高齢者同士の夫婦となる
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 2月11日、戦前はこの日は「紀元節」(神武天皇即位の日)と呼ばれ祝日であった。戦後いったん廃止されたが、1966年に「建国記念の日」として復活し、祝日である。

 妻、紀子の誕生日はこの日で、名前も紀元節に由来してつけられたのだろう。カトリック教会では2月11日はルルドの聖母マリアの祝日、フランスのルルドでベルナデッタという貧しい少女にマリアが出現したことに由来する。

 それで、妻が洗礼を受ける際、2月11日生まれなのだから洗礼名はマリア・ルルドに司祭が決めたという。とにかく、今日で妻も後期高齢者の仲間入り、私が77歳、妻75歳という老夫婦である。実感は全くないが、この事実を受け入れ、残された人生を互いに助け合い、いたわり合って生きねばと思う。

喜寿を迎える・・・2017年1月8日

プレゼントされた花
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 朝エルサレムに滞在中の長女から喜寿の祝いの電話が届く。午後には、その他の子供・孫が全員集って私の喜寿を祝ってくれた。

 古希の時と違うのは長男夫婦に待望の子供が生まれ、家族が一人増えたことだ。命の伝承とでもいおうか、新しい命の誕生に勝るものはない。古希を迎えた時は「光輝幸齢者」になりたいと書いた。

 そう生きられるか否かは他人に責任転嫁せず、まず自分がそのように生きると決意することから始まる。全てを肯定的にとらえ、前向きに笑顔と共に生きたいと改めて思う。

汚れなき天使・・・2016年12月23日

陽向君は只今1歳3か月!!
私がつけたニックネームは「ボッコちゃん」
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 11月下旬から3週間、思いもよらない急性盲腸で入院した。こんなに長引いたのは、脳血栓を予防するため、血液をサラサラにする薬を常服していたからだ。8日間絶食で点滴だけでやっと通常の血液の状態となる。そして9日目に手術。

 とにかく無事に退院し、クリスマスの飾り付けが終わったところで、子供たちが全員集まり、全快を祝ってくれた。有難いことだ。

 その席で人気を独占したのは長男の子供の陽向(ひなた)君。自分のことばかり主張して泣く、大人では考えられない行動をとるのに皆から愛され一挙一動に笑いが起る。まさに「汚れなき天使」である。せめてこの孫が大学に入るぐらいまでは長生きしてやりたい。改めて健康管理に気を付けようと思う。来年1月8日には喜寿を迎える。もう若くはないと自覚しなければ…。

原発汚染の現実を見て・・・2016年11月15日

見た目危険はなくとも入れない
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 2011年3月11日に起こった東北大震災。同じ大震災と言っても福島の原子力発電所爆発による放射能汚染と岩手・宮城の地震・津波震災とでは性格が全く異なる。

 今回目に見えない放射能汚染の現実をわずか3日間の旅であるが見る機会を得た。今、「巡礼の道」でシリーズで報告しているが、事故発生から5年半が過ぎた今も、汚染区域に全く入れないところもあり、5万人を超える人たちが避難生活を強いられている。

 にも拘らず、原発汚染問題は風化し一般世論からも忘れられつつある。これは原発汚染に限らず、全ての出来事は過去のものとして風化する傾向がある。それが人間の歴史かもしれない。突き詰めて言えば、人間は自分中心でその他は他人事。共に生きるなどは理想なのだろうか。

 被ばく地を見て早や2ヵ月、何も出来ない現実に何か空しさを感じる。しかし、何か共に喜びをもって生きる道はないかと考える。

妻の水墨画・・・2016年10月19日

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 妻は脳梗塞の後遺症で左半身に麻痺が残り、介護保険・要支援2の認定を受けた。以来週2回デイ・サービスに通っている。

 歩行では杖を使い、ゆっくり歩き、ふり向くなどの動作では転倒しそうになるので難しい。

 一方私はペースメーカーを挿入し一級障害者であるが、外面的には健常者。妻と旅をすると100%妻が障害者で私は介護者である。

 さて、妻はデイ・サービスで水墨画や絵手紙を習う。先日下松市地域交流センターで水墨画の展示会が開かれた。他の人の作品も力作ばかりで高齢者の手習い作品とは思えない。

 また、自分で自由に動き回れないので、絵手紙等で手紙を書くように心掛けている。ありのままの自分を受け入れながらも、前向きに明るく希望を持って生きることの大切さを、改めて学ばされる。

娘の土産・・・2016年10月15日

ホームズ・テディーベア
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 長女リカは学生を連れて毎年夏休みイギリスに研修に行く。その他アフリカのコンゴと東南アジアのラオスへ。

 更に日本国際ボランティアセンターの仕事でパレスチナに年に2回ぐらい出張する。「羨ましい」と言うと昨年はイギリスに、今年はパレスチナに連れて行ってくれた。

 その娘からの今年のイギリス旅行土産はアガサ・クリスティーと共にイギリスの人気推理作家コナン・ドイルの名探偵シャーロック・ホームズのテディー・ベア人形と、私のためにホームズの帽子(後ろにもつばがある)。

 名探偵ホームズといえば帽子とパイプと虫メガネが有名だ。ロンドンのベイカーストリートにあるシャーロック・ホームズ博物館で買ったらしいが、独身のせいかいつまでも気持が若い。

 この冬、シャーロック・ホームズの帽子をかぶるべきかどうか今思案中である。それにしても娘のお陰で、私まで気が若くなったのは事実である。

ボッコちゃん満一歳に!・・・2016年9月15日

くつろぎのひと時に
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 長男夫婦が待ち望んだ赤ちゃんが産まれて今日で一年。何しろ結婚して八年目に授かった陽向(ひなた)君。私は彼にボッコちゃんという愛称をつけた。お嫁さんのご両親にとって初孫、私たち夫婦には七十歳を過ぎてのはじめての内孫。かわいくて仕方がない。

 共働きなので10月からボッコちゃんは保育園に行く。コアラの赤ちゃんのようにいつも母親に抱かれていたので、保育園では当面泣いてばかりかもしれない。

 大丈夫。どの赤ちゃんもこうして大きくなるのだ。願いはただ一つ、健康で元気に成長してくれること!!ボッコちゃん!!有難とう。君は私たちに大きな夢と喜びを与えてくれる。

庭の花たち・・・2016年8月11日

ルリヤナギ
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オイランソウ
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 四年に一度のオリンピック。今回はロシアのドーピング問題や各地でのテロなどのため盛り上がりを欠いたままのスタートだった。

 しかし日本人選手の大活躍で熱い夏となった。お天気の方も猛暑が続き、庭の草花も音をあげそう。三十坪余の庭だが朝晩の水やりも大変である。

 今年嫁に来た「瑠璃柳(ルリヤナギ)」薄紫色の小さな花は実に清楚で妻も大喜び。下松市にある慶雲寺(ケイウンジ)の奥様が遊びに来られた時に頂いたものだ。

 昨年から人気者の「花魁草(オイランソウ)」も清楚な中に華やかさがある。もう一つ、猿滑り(サルスベリ)近所の猿滑りはみんなピンクの可愛い花を咲かせているのになかなか咲かなかったが、先日やっと咲いた花は白。風情がある。

 今年初めてサンルームの日除けのために植えた「ゴーヤ」と「琉球雀ウリ」も日除けの大役を果たしてくれている。

 草花は私たちの心を癒やしてくれる。神がつくられた自然に優るものはない。暑さを忘れさせてくれる。今日も感謝の気持ちで水をやる。

共に喜ぶ・・・2016年5月2日

日刊新周南の告知記事

 左の記事は下松市のケーブルテレビ局、Kビジョンの「あなたに会いたい」に5月2日(月)~5月8日(日)までの1週間、1日4回放送することを日刊新周南が告知したものである。

 我が家での収録の感想は巡礼の道NO.495「Kビジョンに出演~パレスチナ巡礼②」に書いているので関心のある方は読んでほしい。

 一番嬉しかったのは2日の最初の放送が終わるとすぐに一人の老婦人から「大変良かったです」という電話が掛かったこと。悲しみは共有しても他人の喜びを共有することは意外に難しい。交わりそして共に生きることの大切さを再認識した。この婦人の好意を忘れずこれからの人生に役立てたいと思う。

20年ぶりのパレスチナ・・・2016年4月10日

オリーブ山から見たエルサレム
(右がイスラム教の黄金のドーム)

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 長女リカは1995年から7年間パレスチナ自治区でパレスチナの貧しい母子の保健プロジェクトに関わった。

 現地からの要請で、布オムツを持って私たち夫婦がパレスチナに出掛けたのは1996年。あれからもう20年が過ぎた。

 今回娘の案内で20年ぶりにパレスチナを訪れた。「パレスチナ巡礼シリーズ」は4月21日から「巡礼の道」に書くことにした。日本人にはマイナーな地パレスチナを知るために少しでも役立てば幸いである。

歩行プールで体力アップ・・・2016年3月22日

アクアピア恋路シンボルマーク
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 1月末に風邪を引き、全快までに20日近くかかった。体力が落ちているのだ。その時、友人から「歩行プール」を勧められた。下松の温水プールは我家から車で5分もかからない所にあるのに、今まで一度も行ったことがなかった。プールで泳ぐのではなく歩行プールで歩くのなら私にも出来る。

 健康を維持するために歩行プールで30分歩き、そのあと、ジャグジーとサウナを楽しむ。もう一ヵ月くらい続けているが体調も良い。プールは65歳以上なら250円。東京などの会員制のフィットネスクラブに比べると極めて安い。

 今まで薬に頼り過ぎた。やや遅きに失した感はあるが、健康が一番だ。健全な精神は健全な肉体に宿る。継続は力…三日坊主にならないように今のところ毎日元気にプールに通っている。

結婚の恵み・・・2016年2月11日

油谷・ホテル楊貴館前で
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 最近は晩婚が目立つが、自分たちは2人の年を足しても50にならない時結婚した。今日は妻の誕生日、2人の歳を足すと150歳になった。3人の子供に恵まれ、結婚は神からの恵みだと思う。

 今大切にしているのはその家族の絆、血のつながりではなく、交わりが絆を強いものにしてくれる。新春の旅は次女夫婦と4人で北浦を旅した。巡礼の道でも「北浦家族散歩」と題して書く予定である。今日も相手の気持を大切にして1日を過ごそうと思う。

二人で150歳!・・・2016年1月8日

妻と二人で!!
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 今日で私は76歳、妻は2月に74歳になるので間もなく、二人合わせて150歳になる。自分達でも驚くほど高齢に…。

 創世記のアブラハムは175歳、サラは127歳で帰天。長男のイサクが生まれたのはアブラハムが100歳の時である。創世記の2人に負けないようにがんばろう!!。次女夫婦と4人で誕生祝の旅北浦2泊3日。家族だけでなく、多くの人から有形無形の力添えで今日を迎えることが出来たのだ。感謝の気持を忘れてはならないと改めて思う。

明けましておめでとうございます・・・2016年1月1日

皆様に年賀状を!!
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 地元紙「日刊新周南」に毎週木曜日「巡礼の道」を書き始めて今年で10年目に入りました。「ホ-ムページの巡礼の道」への訪問者も延べ人数5,000人を超えました。今年もご支援のほどよろしくお願いいたします。

 

ローマ教皇フランシスコ
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 いつくしみの特別聖年!!ローマ教皇フランシスコは昨年12月8日から今年の11月20日までを「いつくしみの特別聖年」にすると公布されました。神のいつくしみの心のように周囲の全ての人に対していつくしみの心を持って共に平和に生活することが出来る良き年でありますように。(巡礼の道480,481参照)

 なんでも鑑定団に?・・・2015年11月1日
 大分県湯布院の旧家の倉庫で発見されたという古い4体の木像。イエス(三末司教が持つ)マリア(私が持つ)司祭と修道者(肥塚神父が持つ)いつ頃のものか判らないが、古美術商をしている俳句仲

木像と共に3人でパチリ
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 間から譲り受けたものだ。

 我家を訪れた多くの友が「なんでも鑑定団に出してみたら・・・」と言うが、まだその機会もない。我家に置いておいても宝の持ち腐れなので、津和野教会の資料室に寄附する予定である。

 一体五万円で譲り受けたが、どれくらいの価値があるのかさっぱり判らない。虫喰いで古いものであることは間違いないが・・・何か役立てばと思っている。

 父が百歳に!!・・・2015年9月21日(敬老の日)
 妻の父親が百歳を迎えた。義父は今、宇部の有料老人ホームに入っている。施設から「国・県・市からの記念品」の贈呈式を行う旨の連絡があり出席した。

父と2人でパチリ
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 紅白のステージがわざわざ作られ、国からは内閣総理大臣祝状と銀杯を貰う。(厚生労働省によると予算がないので来年度からは銀メッキになるとか・・・・個人的にはこのような祝品は止めても良いのではと思うが。)

 2014年の平均寿命は女性が86.83歳(世界1位)、男性は80.56歳(世界6位)という高齢化社会。義父のように一世紀生きぬくことは凄いことだ。(山口県内の百歳以上の方は1057人)。

 とはいえ、老いることは全てが衰えることであり、長寿を寿ぐとともに、人間として尊厳をもって老いを生きれるようどう対処するかは大きな問題であると、敬老の日に改めて考えさせられた。

 一瞬の出来事・・・2015年8月8日
 7月末、妻が部屋で転倒し、動けなくなった。数年前脳梗塞を患い、左半身に麻痺が残り外出する時は杖を使っていた。それでも一緒に海外にも旅をし、5月には結婚50年を祝し、写真のように2人

親子3人ドイツで
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の娘とドイツを訪れるなど元気だった。

 それが転倒という一瞬の出来事で、立つことも歩くことも出来なくなる。救急車で病院に向かい、レントゲンの結果、左大腿骨骨折で手術を受けた。幸い、経過は順調で今リハビリ中である。それにしても、転倒という一瞬の出来事で立つことも、歩くことも出来なくなる。

 当たり前のことが当たり前ではなく、人間のもろさを痛感すると同時に、この世に確実なことは神以外に何もないと思う。この出来事をプラス志向に受け止め、一日一日を感謝と共に前向きに歩まねばと思う。

 今日は長崎原爆投下から70年の節目の日。あの悲劇に比べればこの試練など問題にならない一日一日を大切に歩もう。

 カルメリットの笑顔・・・2015年4月23日
 ミサはローマ・カトリック教会で聖体(パン)と聖血(ぶどう酒)の拝領を中心に、神に感謝し共同体的一致を深める儀式のことである。

カルメリットと共にパチリ
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 結婚50年を迎え、最も尊敬し、信頼する山口カルメル会に於いて感謝のミサを捧げてもらった。ミサが終わると面会所に招かれ、カルメリットが拍手で私たち二人を迎えて下さった。

 掲載の写真で判るように彼女たちが心から笑顔で結婚50年を祝って下さったことが最高のプレゼントである。

 沈黙の中で祈りと労働の生活を過ごすカルメリット。私たちも日常生活の中で、祈りと神への感謝の気持ちをもって残る人生を喜びのうちに生きようと心に誓ったのである。

 人生を楽しむ~結婚50年・・・2015年4月18日
 4月18日は結婚記念日、今年で50年。俗にいう金婚である。年齢も75歳、高齢化社会を迎え長寿をどう生きるかを考える。1人暮らし、孤独など長寿を喜ぶという気持ちになれない面も多い。 
私のケーキクッキングルーム
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 死を迎える時まで輝いて生きたいというのが私の夢であり、希望だ。
 
今、ケーキ造りを楽しむ。ケーキを通して、人との交流、絆が強くなる。
 仕合わせは意外に身近な小さなことの中にある。それに気づき人生を明るく前向きに、肯定的に生きねばと思う。静かに祈って考えると、自分の力ではなく、大きな絆の愛の中に生かされ、周囲の人々に支えられて今があることに気付く。
 私にとってケーキ造りは人生を楽しむ手段の一つだ。共にあることに感謝を忘れず、今日もケーキを焼こう。  賛美と感謝を込めて!!。
 家族の絆・心憎い演出・・・2015年1月8日
 今日は私の75歳の誕生日。後期高齢者となった。この節目の誕生日を子供たちの計らいで東京のホテルで迎えた。
2015元旦家族全員集合
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 部屋に入ると、応接台の上に「お誕生日おめでとう」の横断紙を持った家族全員の集合写真が飾ってある。この集合写真は元旦に長男の家で撮ったものだが、私に判らないように撮る前に後ろにこっそりと用意した横断紙を取り出したらしい。それをわざわざ東京のホテルに飾ってくれたのだ。
 横断紙を用意したのは次女。長男は撮ったデーターを東京に住む長女に送り、長女は写真を額に入れて、事前にホテルに届けて飾ってもらったという。子供たちの心のこもった、心憎いばかりの演出が嬉しい。
 今、家族をはじめ、人との絆が希薄になったとよく耳にするが、絆は1人1人のわずかな努力で太くなる。光輝幸齢者として、人との絆を大切に生きようと改めて決意する。成人式のあと我が家に孫の晴れ姿の写真が送られてきた。子供たちよ!!ありがとう。
三度目のペースメーカー手術・・・2014年7月14日
 今連載中の「英国ツアー・一人旅」から帰国直後、三度めのペースメーカー手術を受けた。旅行出発前から決まっていたことで、11日間の入院生活は、家を離れて旅をした延長線上出来事のようで、旅以上に静かに自分を振り返ることが出来、満足のいく日々であった。
8年を共にした相棒
4センチ四方、厚さ7ミリ
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 ロックアウトなどの激しい労働争議の中で心臓を患い29歳の若さで一年間の入院。その後も心臓に爆弾を抱えた状態にあり、57歳で役員に任命された時、思い切ってペースメーカーの埋め込み手術を受けた。それから8年が過ぎ、電池切れでペースメーカーの入れ替えが必要となり、65歳で役員を退任。二度目の手術を受けた、そして今回が三回目、写真は今まで体内にあったもの。新しいのは更に小型になり寿命も10年間というイタリア製。
 人生の節目ごとの手術。これからの10年は人生の仕上げ。医療技術の進歩によってもたらされたこれからの1日1日を大切に味わい、かつ、ゆっくり味付けを行いながら輝いて老いていきたい。
  極楽鳥花・・・2014年1月28日(火曜)
日持ちの良い極楽鳥花
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 写真の極楽鳥花は去年の10月に写したものだ。3ヵ月以上過ぎた今も咲いている。日保ちの良い花である。
 洋名をストレリチアと言うのだそうが、鶏のとさかの形をしたこの花、健康長寿を願う我々人間にとって縁起が良い花である。
 唯長生きを願うのではなく、一日一日と充実した日を送り、高齢になっても希望を失わず前向きに生きたいと思いつつ、コンサバトリーの極楽鳥花に水をやる。
 年末年始「ロンドン・東京2週間の旅」から帰り、やっと我が家での日常生活に戻る。やはり「我が家が一番」だ。
 勿論、旅は私に新しいエネルギーを与えてくれた。だが幸せの青い鳥はこの日常の生活の中に住んでおり、それを大切にして今日を生きたい。
 昨晩は今年の初句会で句ではなく、酒を楽しんだのであるが、そこで私の雅号を姓字から「ふ」名前から「か」をとりだ「不可」とした。本人に向いたよい雅号とほくそ笑む。
  年賀状を考える・・・2014年1月20日(月曜)
ロンドンにて妻と
ロンドン塔を背景に妻と
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 年末年始「ロンドン・東京2週間の旅」から帰って、一番疲れたのは年賀状問題。出してない人からの年賀状に返事を出すべきか、どうか。今年来たものの中にも「年賀状は今年限り」と宣言したものが2通あった。気持ちはよくわかるが年に一度の年賀状での交わりくらいは続けたいと思う。
 しかし昨年来た人プラス新しい知人に出せば年賀状は増える一方。そこで今回は思い切って200枚だけ出し、それ以外は出さなかったが出していない人から来た年賀状をどう取り扱うのか?やはり来た人にはきちんと返事を出そうとと決意し、新たに右のロンドンでの写真を普通はがきに印刷して出した。結局、旅に出る前に出した年賀状を加えると昨年と同じ、いやそれ以上になった。
 さて、来年はどうしようかと今考えている。
  馬小屋のイエスの出迎え…2014年1月13日(月曜)
馬小屋の幼きイエス
馬小屋の幼きイエス
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  年末・年始の「冬のロンドン・東京の旅」を終え、二週間ぶりに自宅に戻った。迎えてくれたのは馬小屋の幼きイエスである。
  クリスマスを終え、旅の出発前に玄関まわりのクリスマス用品は片づけたが、メインの馬小屋だけはそのままにして旅に出た。長女リカと私達夫婦の三人での旅、娘の通訳・ガイド・ポーター・カメラマンでもある二週間の旅は今までの人生最高の旅であった。
 年末年始の最初の一週間はロンドン、その後の一週間は東京のホテルで私の七十四歳の誕生日を祝うものであった。杖を使い体の不自由な妻も娘と一緒で全てが順調、神に祝福された旅であった。
 今日(1月13日)今年初めての我が家での「ロザリオの祈りの集い」を終えて、馬小屋を片づけた。幼子イエスに感謝である。「巡礼の道」で今回の旅を1月23日から書き始める。神にお願いするだけでなく、自らも、神の期待に応える年にしたいと決意を新たにする。
  最高のクリスマスプレゼント…2013年12月25日(水曜)
ロンドン塔
ロンドン塔を見回る兵士の肖像画
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 夏休みに長女リカが研修のため生徒をイギリスに連れて行った。帰国した時「お父さんたちはまだロンドンに行ったことがない」と言ったのが切っ掛けで、娘の冬休みを利用して年末から年始にかけてロンドンに行くことになった。今迄の旅のほとんどはツアー旅行、娘と三人で旅が出来るのは最高の喜びであり、これ以上のクリスマスプレゼントはない。
 ロンドンでカウントダウン、元旦の夜はミュージカル「レ・ミゼラブル」見物。
 1月の中旬から「冬のロンドン・東京二週間の旅」を巡礼の道で取り上げる予定だ。来年も希望を持って前向きに生きよう。
ソロプチミスト下松にて
レセプションのあと、ソロプチミスト
下松の皆さんから見送りを受ける私
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   娘の代理…2013年12月12日(木曜)
 去る12月3日、周南市の遠石会館で国際ソロプチミスト下松・認証20周年記念式典が行われ、その席で支援している活動への支援金の贈呈があった。
 長女リカは1995年からパレスチナの貧しい母子保健プロジェクトに関わっているが、ソロプチミスト下松はその活動を15年も前から継続して支援下さり、今回も式典の中で支援金を受けた。
 と言っても、リカは多忙で出席できず、娘の代理として私が出席した。鳶が鷹を生んだと思われているかもしれないが、ボランティア活動は別として、娘が東大大学院を卒業し博士号を取得するとは夢にも思わなかった。
 妻は「昔から百科事典の子供だった」と言うが、正規の勉強ではなく、雑学が好きだった。何よりも嬉しいのは、誰からも好感を持たれる性格に育ったことだ。ソロプチミスト下松の皆さんから長期に支援されている理由のひとつだろう。神に感謝である。尚、詳しくは「巡礼の道・12月26日号・NO379」に掲載。
   妻が感謝状を・・・2013年11月26日(火曜)
 妻が下松市心身障害児(者)デイ・ケアハウス「サルビアの家」のボランティアを始めたのは36年前の昭和52年。グループの会長を引き受けて23年、会員も高齢となり今年6月にサルビアの家がNPO法人化されたのを機にボランティアグループを解散した。解散時点で36人という大きなボランティアグループであり、解散はもったいないと私は思ったが引き際も大切。
感謝状を持つ妻
感謝状を手に微笑む妻
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 また、妻は同じ時期に社会福祉協議会の理事を長年務めたが、これも今年引退。病気で体が不自由になってもよく今年までがんばったと思う。先日の下松市社会福祉振興大会で、社会福祉協議会から感謝状が授与された。
 妻の運転ボランティアとしては、長年地道にサルビア・ボランティアグループに寄与した皆さんに拍手を送りたい。
    広報ボランティア・・・2013年11月18日(月曜)
 東日本大震災の被災地・岩手県大槌町に昨年冬休み、今年の春休み、夏休みの3回ボランティアに出掛けた。ペースメーカーを入れ、心臓疾患で身体障害者手帳を持つ障害者の私が出来ることは「広報ボランティア」と考え、現地の様子を「巡礼の道」で29回報告した。
 更に、現地の写真などを使って報告会を行っているが、先日は周南市毛利町の”小さき花幼稚園”の90人弱の御父兄に話させてもらった。
小さき花幼稚園にて
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 所で、山口県の教会は下関ブロック(細江・長府・彦島)が中心になって釜石に、山口ブロック(山口・防府・萩)が中心になって大槌でボランティア活動を行った。
 この活動の中心はカトリック系の幼稚園の先生で、講演を依頼された小さき花幼稚園は主任の広谷先生ら6人の先生方が釜石でボランティアを行っている。この度、私は父兄の方々への広報ボランティアを行ったが、先生方は普段から園児の広報ボランティアというわけである。
 私達はどうしても自分中心になりがちだが、先生方が困っている人、弱い立場の人に目を向けボランティアとしての交わり体験をされたことは、幼児教育の上にも役立つに違いない。改めて幼稚園の先生という仕事の素晴らしさを知り、頭が下がる思いがした。当たり前と思う今の自分生活、決して当たり前ではない。1日1日を感激のうちに送りたいものである。
  サビエルの写真展・・・2013年10月28日(月曜)
 フランシスコ・サビエルが来日したのは1549年。1999年、渡来450年を記念して、上智大学で「聖フランシスコ・サビエル写真展」が開催された。それを担当したのは当時の上智大学・神学部長で神学博士の百瀬文晃神父である。
展示パネル
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 現在は細江教会の主任神父だが、今回そのパネルを譲り受け、山口・島根地区大会等で展示された。
 説明パンフレットも用意され、見応えのある写真展だったのでそれを借り受け、10月27日(日)下松カトリック教会のバザーで展示、大変好評であった。
 これを機に巡礼の道でも、11月7日からフランシスコ・サビエルの生涯を振り返ることにした。
   歳月の流れは速い・・・2013年9月2日(月曜)
 光陰矢のごとしとはよく言ったものだ。つい先日山口のホテルで子供たちが私の古希の祝いをしてくれたと思えるのに、もうあれから3年が過ぎた。
古希祝いのメニュー
古希祝いのメニュー
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 誰もが老いて、だれもが死を迎える。信仰心が薄いとはいえ私もクリスチャン、この世の命と別れを告げても永遠のいのちに生きられる。そのイエスの言葉を信じるなら、この世でたとえ老いても、夢と希望を失わず死を迎える時まで輝いて生きたい。夏休みも終わり今日から子どもたちは新学期、負けずに私も一生懸命に新学期を生きよう。
   今年の8月…2013年8月27日(火曜)
 今年の夏は非常に暑く、その上各地でゲリラ豪雨。何か人間が地球を壊しているように思え、その結果が異常気象かもしれない。
 震災から2年半が過ぎたのに、大槌町は全く変わっていない。ガレキが処理され更地に戻ったあとに月見草などの野草が咲いていたのが印象的だった。
 写真は早朝朝モヤがかかる大槌湾の水門方向を宿舎の3階から撮ったもの。大津波は水門を越え、今の宿舎の3階の窓下の高さに達した。

(写真はクリックで別ウィンドウで拡大表示します
 そんな中、僕の今年の8月は最高、10日間の黙想のため、広島市安佐南区にある「長束黙想の家」で過ごし、後半は東日本大震災の被災地・岩手県大槌町・大船渡市を訪ねた。その他色々なことで過去最高の8月・・・これから、これを糧に残り少ない人生を一日一日大切に生きていきたい。
 巡礼記はこれから「三たび、大槌町を訪ねる」に続いて「沈黙、10日間の黙想」をシリーズで書きます。よろしく
       ラジオの目で・・・2013年7月22日(月)
 山口放送はラジオ・テレビ兼営局、43年間勤めたこの会社で最後の12年間はラジオに関わった。このうち最初の4年間はラジオ番組制作の責任者、最後の8年間はラジオ全体の責任者となった。
 ラジオという「音の世界」で忘れえぬ人は全盲の女性の中村実枝さん。彼女を番組のゲストに長期間起用、その時彼女の言った言葉「音だけのラジオが私に色んなものを見せてくれる」
平成8年の民放大会での表彰式
(中央のトロフィーを持つのが私だ)
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 この言葉をヒントに1分間の「ラジオの目で」というキャンペーンスポットを制作、これが日本民間放送連盟賞で最優秀作品に選ばれた。
 ホームページだから出来ること、その音を聞いてもらいたい。(下記の”PLAYボタン”をクリック)このメディアミックスがラジオを担当していた時、実行したことである。

       巡礼の心・・・2013年7月16日(火)
 5年前の平成20年6月、中国地方の民間放送退職者の機関誌に「巡礼の心」という短いエッセイを書いていた。そのことを全く忘れていたが、部屋の整理中にそのエッセイを見つけた。
 読み返してみると、私の「巡礼」に対する気持ちがまとめて書いてある。今回はその記事を転載する。
巡礼の心
巡礼の心(クリックで拡大)
       ラジオ深夜便・・・2013年7月8日(月)
 歳を取ったからだろうか。朝早く目が覚める。しかし妻に迷惑をかけないよう5時過ぎまではベットの中でイヤホーンでラジオ深夜便を聞くことが多い。43年間民放で働き、最後の12年間はラジオに関わりながらNHKばかり聞いて申し訳ない気もするが、深夜便はアナウンサーのしゃべりもきちんとしていて聞き応えがある。深夜便のホームページを見ると聞かなかったものも聞けたりして実に良い。
 在職中、音声だけのラジオの責任者としてメディアミックスでラジオの存在をアピールしようと努力した。先日机を整理していたら、中国新聞に掲載された「ラジオが目になる」の記事が出てきた。今回はこれを掲載する。
 今の世の中、物や目に見えるものを大切にするが目に見えないものの中に大切なものがあるようにも思える。神もそうである。
ラジオが目になる(クリックで拡大)
       誠実に関わる・・・2013年7月1日(月
 去年夏、花菖蒲を百株余り貰い植えた。全くの素人、水が流れる庭でもなく、花菖蒲に適しているかどうかも判らない。唯、一緒に貰った育て方のチラシ通りに誠実に花を育てた。
花は人との出会いを演出してくれる(クリックで拡大)
 
 それが見事に花をつけた。先日苗を下さった夫人が訪ねて下さり、「我が家より立派」と誉めて下さった。背丈は1.5メートル近くになり、一つの花弁が10センチ以上ある。紫・白・黄・桃色そして縞模様のものなど色々な種類が咲き誇り、特に”千代の春”が道行く人を楽しませた。
これが千代の春である(クリックで拡大)

 花も誠実に関わればそれに応えてくれる。人も同様である。たとえ応えてくれなくても、それはそれで良し。



『報いを求めない働きこそ、人を育てくつろがせ平和をもたらすのです』
- マザー・テレサ -
       記念日を大切に・・・2013年6月24日(月)
 物質的に豊かになるにつれ、人間関係が希薄になるような気がする。家族とて同じで、離れて交わりがなければ疎遠になる。私は机の上に家族の記念日一覧表を張り、意識的にみんなで記念日を祝うようにし、家族の絆が太くなるよう心がけている。あなたは?
父の日に家族みんなで
父の日に家族みんなで(クリックで拡大します)

 6年前、山口新聞のリレーエッセイを頼まれ、下記の「サビエル生誕500年」について書いた。それが掲載されたのは私の67歳の誕生日だった。
 偶然のことだが、記念日を大切に生きたいと思う私にとって、何か素晴らしいプレゼントのように思えた。
 記念日を大切にすること、それは原点に立ち帰ること。その日を思い起こし、今日を生きたい。
   (関連記事、巡礼の道第354話
リレーエッセイ
リエーエッセイ-歴史遺産に学ぶ(クリックで別ウィンドウで開きます)
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F・サビエル
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「巡礼の道」日刊新周南2006年4月13日開始以後毎週木曜日連載中
2012年8月15日公開